った。
これにはさすがの米搗き男も、お前には、叶わないと云って舌を巻いたそうである。彼はもちろん、いい心持であった。
若い、青しょびれた奴等に、いい見せしめだと思っていた。ところが、口惜しいことには、「年にはこの俺も叶わない。」その後以後、すっかり心臓を悪くしてしまった。
これから先二三十年の間、ボツボツ小出しに使うはずだった力を、一どきにグンと使ってしまったので、もうへとへとになって来た。
手足が、不自由になり、思うように歩くことも出来なくなった彼の偉大な体は、遠くなった耳とともに、ますます彼の強情を強めた。
今こそこんなにビクラビクラしてはいてもという、反動的な、けれどもどうしてもなければならない自負が、彼の頭を一層高くさせる。
娘が十八になって、婿を取り、自分も、町の呉服屋の下働きをしていた、少し気の疎い女を後妻にして、彼は、貧しくしかし毅然と肩を聳《そび》やかせながら暮し始めたのである。
けれども、彼はその時分、よく行方不明になることがあった。三四日居処の分らないこともあり、ときには十日ぐらい、女房も知らないどこかで過して来る。
いろいろ取沙汰するものがあって、
前へ
次へ
全51ページ中44ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング