て来ている山沢さんが、彼の珍しがるような話をすると、三郎は三郎でまた、子供に話して聞かせるように手真似、口真似で、ここがまだ狐っ原だった時分の追想を語る。
静かなあたりの空気を揺って、四五十年の年を、逆に遡《さかのぼ》った長閑な、楽しそうな笑声が、二人の口を突いて出ることも珍しくはなかった。
平常の通り心持はゆったりとし、余裕はありながら、山沢さんが自分の死期の近づいたことを知っていることが、彼の心に感じられた。
言葉以上に、はっきりと彼は悟っていたので、それとなく仄《ほのめ》かされる後事に就ても、彼は悲しい謙譲と、愛とに満たされながら真面目に耳を傾けた。
そして何かの折に、
「貴様の生きているうちは、墓掃除をたのんだぞ」
と云われたとき、彼は黙ってぴったりと、畳の上に平伏した。
十一
そんな風になってから、三郎爺と山沢さんはほんとに「仲よし」になった。もう山沢さんが彼に対する愛情を押えなくなったのだともいえる。
飯まで自分の床の傍で一緒に食べさせながら「旦那様はよく世の中のことを語りなすった」のだそうだ。世の中のことというのは山沢さんの人生観のようなも
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