くまで、くるりと後を向いたまま頭一つ動かさなかった。
 けれども、大工の方では、つい酔っていて済まなかったくらいで、機嫌を直せるつもりで、翌朝ものこのこと仕事に出て来た。
 そして、ニヤニヤしながら世辞を云おうとすると、彼はわざと皆に聞えるような大声で、
「おめえ一人が、つい酔ったまぎれの悪態なら、俺あ、勘弁すらあ、が、今度なあ、そうでねえから、許されねえ。さ、行け、来てもらうにゃあ当らねえ。何ぼちょん髷爺でも、山沢の旦那様に、何もかも委された俺あ、貴様みてえな生若けえ小僧っこにばかさって堪るものけえ!」
と、啖呵《たんか》をきった。
 そして途方もなく大きな拳を振りまわしながら、一息に彼のいわゆる「ぼいこくってしまった」のを見た他の者は、思わず顔を見合わせて、長大息をした……。
 一度ならずこのようなことを繰返しながら、とにかく仕事はだんだん捗《はか》どった。
 そして、翌年の花盛りに新築祝いが催されたとき、彼は紬《つむぎ》の紋附を着、お下りを貰った山沢さんの仙台平をはいて、皆の前で彼の言葉でいう「感状」と幾何かの賞金を貰った。
 それがよほど嬉しかったものとみえて旦那様にお目にかけ
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