の塊だか見分けのつかないようにきたなくなってしまう。
あんまり汚れがひどいので、さすがの彼もとうとう断念して、散切《ざんぎ》り頭になったのである。
散切りになった三郎爺は、「いきがよく抜けて好い気持だ」と、急にさっぱりした頭を珍しがりながら朝から晩まで、土鼠のようになって稼いだ。
ちょっとでも気を緩めれば、土方などというものは骨惜みをする。それを見張りながら、隙を覗っては、木材を盗んで行こうとする者の番をするのだから、彼は五分と一つ所にじっとしてはいられない。
柔かい泥を蹴立てて、彼は仕事場中を、叱※[#「※」は「口+它」、読みは「た」、第3水準1−14−88、362−16]して歩かなければならないのである。
仕事の方が、だんだん纏まって来るにつれて、彼は自分の家を離れているのを、万事に不都合と思い初めた。夜廻りをするにも、樹木に水を遣るにも、傍にいなければ思うようにならない。
そこで、或る日、彼は女房に「下小屋さ、引越すべえ」
と云った。下小屋というのは、仕事場の片隅に立っている小屋で、見廻りに来た者の休み処と道具のしまい処をかねたものである。女房も、そうなれば、飯を運ぶ心配もいらないで楽だと思ったから、それが宜かろうと云った。もちろん山沢さんが、そうしろと云いなすったと思い込んでいたのである。
それで、その次の日彼は、仕事場へ行きがけに、背負えるだけのものを、頭を乗り越すほどかついで来た。それから、昼の休みにもう一度戻って、今度は荷車に夜具から、鍋釜までのせて引いて来た。子供を負ったおまさが、三分心のランプや下駄や、壜《びん》を両手に下げて二三度往来すると、もう彼の引越しは済んでしまった。
そして荷を少し片寄せると、仰天するおまさを尻目にかけて、彼は悠々然と山沢さんへ、引越しの報告に出かけたのである。
ちょうどそのとき、奥さんに薄茶を立てさせていた山沢さんは、彼の簡単至極な報告をきくと、ちょっと驚いたように彼の顔を見た。が、やがて何か苦情を並べたそうな奥さんの口元を見ると、さも快さそうにニコニコしながら、相変らずおうように、
「それもよかろうよ、貴様の勝手にするがいい」
と云って、大きな頭を振ながら、ハハハハと笑った。
今までの家をどうするのかとも聞かなかった旦那様は、ちょうど出ていた東京下りの栗饅頭を三つ、仲よく食えと云って、彼にやった。
こんなことは、山沢さんと彼との間では、何か感情の行違いなどは起そうにも、起らないほど、どうでもいいことではあったが、傍の者の目から見ると、ただハハハハ、それは面白いなだけでは済まない。山沢さんをごまかすとか、手の中にまるめこんでいるとか、大騒ぎをした。
けれども、彼は、それ等の非難が、皆自分と山沢さんの仲のよさを羨ましがっているからだということをちゃんと知っていたから、心配するどころではなかった。内心、ますます得意になりながら「山沢家の大久保彦左」の自信を強めるに過ぎなかったのである。
泥まみれの「大久保彦左」は、家の出来て来るのが楽しみなのはもちろんであるが、足りなくなった材木を巧くやりくったり、わずかの職人を上手に動かしたりして、山沢さんに、よくしてくれたなと云われるのが、何より嬉しかった。
仕事の方は、彼奴に聞けと云われると、彼はほくほくせずにはいられない。
来合わせた客の前などで、これがよくしてくれるからというようなことを一言云われると、彼は大きな眼を細くし、頸をすくめながら、溶けそうに、ニコニコしたりしたのである。
十
晩飯を済ませて、わずか一二時間、山沢さんのところへ行って賞められるのを楽しみに、金鎚と指金《さしがね》を握った彼は、仕事場中を見まわりながら、裏板の張り方でもぞんざいなことは許さない。
ちょっとでも手を抜きそうにしようものなら、破《わ》れ鐘のような声で、恐縮させる。大工の嘆《こぼ》すのも無理がないと思われるほど、彼の監督は厳しかった。
それで、きっと、大工共が内々|諜《しめ》し合わせでもしたのだろう。仲間の一人で、東京下りの口の達者なのを、酔わせて彼の小屋へ遣った。巧く喋りつけて、ちっとは手心をするようにやって来いとでも云われたのだろうけれども、あいにく少し酔いすぎていたので、その男は、彼の顔を見るとすぐ、先ず江戸前の巻舌で、悪態をついた。
「おめえさんの家になるじゃああるめえし、そんなにやいやい云わねえだって、するだけのこたあ憚《はばか》んながら、俺等も玄人だ、ちょん髷爺の世話んなって、堪るものか」
と云うのを聞いた三郎爺は、仁王のようになって、暫くその男の顔を睨めつけていたが、いきなり酒の酔も何も醒めはてるような声で、
「貴様あ、明日から来てもらうめえ!」
と怒鳴りつけたきり、しおしおとその男が出て行
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