える。まあ金がないというだけの理由でかまわない装をやむなくしている女に思える。連の男が、とびぬけて気品あるのでもないから、彼が、あんなに大切そうに、大仰に、腰をかがめんばかりにして対手を席につけてやらなかったら、我々は、横浜辺の商人夫婦として、簡単に観察を打ち切ってしまっただろう。結婚生活者としては、余り仰山な何かがある。
「――何だろう」
「――そう、夫婦じゃあないわ」
「――そろそろ愉快になって来るかな」
古典的な礼儀からいえば、これは紳士淑女のすべき会話ではない。然し、寛大な読者諸君は、何故都会人がホテルの食堂へわざわざ出かけて、鑵詰のアスパラガスを食べて来たい心持になるか、ただ食べたいばかりではない。同時に食欲以上旺盛な観察欲というものに支配されているのだということを御承知である。
計らずその欲求を刺戟するものに出会ったので、我々は尠からず活気づいた。見るともなく見ていると、彼等は輝く禿と派手な帽子の頂とをつき合わせて睦じく献立を選んだ。一礼して去った給仕は、やがて、しゃれた脚立氷容器に三鞭酒《シャンペン》の壜を冷し込んで運んで来た。私は、それを見ると、感じの鋭い小説家でで
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