三鞭酒
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)食器棚《サイドボード》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]〔一九二七年五月〕
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 土曜・日曜でないので、食堂は寧ろがらあきであった。我々のところから斜彼方に、一組英国人の家族が静に食事している。あと二三組隅々に散らばって見えるぎりだ。涼しい夏の夜を白服の給仕が、食器棚《サイドボード》の鏡にメロンが映っている前に、閑散そうに佇んでいる。
「――寂しいわね、ホテルも、これでは」
「――第一、これが」
 友達は、自分の前にある皿を眼で示した。
「ちっとも美味しくありゃしない。――滑稽だな、遙々第一公式で出かけて来て、こんなものを食べさせられるんじゃあ」
「食い辛棒落胆の光景かね」
「いやなひと!」
 三人は、がらんとした広間の空気に遠慮して低く笑った。
「寂しくって、大きな声で笑いも出来ない。いやんなっちゃうな」
「まあそう云わずにいらっしゃい、今に何とかなるだろうから」
 時刻が移るにつれ、人の数は殖えた。が、その晩はどういうものか、ひどくつまらない外国の商人風
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