ますが、その前に今日から皆さんの先生ともなり親ともなって将来の御指導をして下さる方々に紹介したいと思います」
幾ヵ村かの小学校からとり集めて上京する子供たちを引率して来たその教員は、そう云いながらポケットから手帳をとり出した。
「名を呼ばれた人は三歩前へ出て下さい」
山陰《やまかげ》の佐藤清君、市原正君。自分の村の名と自分の名とを呼ばれた少年たちは云われたとおり列をはなれて前へ出た。すると教員はちょっと体をひらくようにして、城東区境町昭和伸銅会社浅井定次さんと、横の方にかたまっている大人たちの群に向って呼んだ。なかから、鼠色の服をつけた五十がらみの男が帽子を脱いで一二歩前へ進んだ。礼! 二人の少年の礼に、
「やあ」
というような挨拶をしながら瞬間にこやかな顔になって自分も礼をかえし、後しさりに人々の群へ戻った。名を呼ばれる少年たちはどの子も口元をひきしめ、瞬きもしない眼差しを凝らして、あっちの方から出る人を注目しているのであった。小倉服の肩に朝日の光を浴び、生れて初めてひろい東京の風に吹きさらされながら、一生懸命な顔をしている弟たちを見ているうちに、サイは唇が震えるようになって来て
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