トラックからすこし離れたところにひっくりかえったままになっている。即死らしかった。広くてきれいな雨上りの車道を自動車やトラックがそこまで来かかると、一様に感情をあらわしてスーと速力をおとし、しかし角で停車出来ないところだから、見かえりがちに徐行して過ぎてゆく。どこもこわれたところのないような形でひっくりかえっている一台の自転車と菰をかぶせられている者の哀れな形とは、サイに鼻の髄が痛いような心持をおこさせた。スリップだ。両方でよけそこなったんだ。こっち側の人だかりの間でそんな低い声がきこえる。
袂で口元をおさえたなり、サイはまた歩きだしたが、涙の出ない哀れさが苦しく喉につまった。菰の盛り上っていた工合が大きい男と思われず、そう思うと腿のあたりを震えが走った。東京へ来たばかりのあの少年たち、まだアスファルトのスリップを知らない少年たち。勇吉の自転車姿もそのなかから浮き立って来て、サイは、袂のさきで切なそうに小鼻の横をふいた。
この頃の公衆電話には電話番号帳がない。それを思い出して、サイは、ずっと廻り道をして郵便局へよった。
勇吉を呼んでくれと頼むと、電話口で、オーイ何とか怒鳴っている
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