行く自転車の流れを見ていると、体のなかで血がそっちへ引かれてゆくような、面白くて悲しい気分がした。たまに同じ車道のあっち側を逆に向ってゆくのがあると、それはペダルを踏んでいる脚の動きまで目に見えて重そうだ。
 遠い路のどこかの辺を、勇吉も今頃そうやって帰っているのだろう。その姿を想像しようとすると、サイの心には、まだ田舎にいた時分、サドルをはずして横棒の間から片脚むこうのペダルへかけ、腰をひねって乗りまわしていた弟の様子が泛んで来るのであった。

        五

「お早うございます」
 サイは何心なく五六人かたまっている方へよって行った。
「おはようございます」
 なかの一人がふり向いてそう云ったきり、みんなぶすっとしている。眼をしばたたいて、サイは小声で、
「どうかしたの?」
と訊いた。
「ふーん」
「そりゃ誰だって気持がわるいわヨ、ねえ、火曜日にさ、何てみんなで決めたの。誰だか知らないけれど、出しぬいて自分だけ好い子んなって不動様のお守りもってったり、防弾鏡もってったりするなんて――きらいだ」
 作業室の娘たちの代表で、とも子とみのるが、昨夜川口にある飛田の家へ千人針と餞別の
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