になって家へ帰って来た。
 敷居をまたぐと、そこの土間で飯《まま》ごとしていた六つの妙子がポツンと、
「お兄ちゃんが来たヨ」
と云った。
「お兄ちゃん?」
「うん」
「勇吉さんが、つい今しがたよったけれど、あんたが帰ってないもんだから、また来るって――」
 いつでも来られる人みたいに云う、トミヨの気働きのない言葉がサイの疳にふれた。
「用じゃなかったんでしょうか」
 盗られた三足のゴム草履のことやシャボンのことが浮んで、心配になった。
「何とか云ってかなかったでしょうか」
「なんも云っていなかったよ。自転車そこにおっかけて、ちいと話したばっかしで……」
「……でもここがよくわかったこと」
「私もそう思ってね。そしたら、何でも東京じゅうの番地の入った地図売ってるんだってね、それを見て店の使いもするんだってよ」
 こっちの方へついでがあったのかしら。日本橋からここまでと云えば、往復で何里になるのだろう。
 今時分からもっと暗くなる頃にかけて、表の十二間道路の片側は東京方面からこっちへと帰って来る自転車で、一刻まるでトンボの大群がよせたようになる。後から後からとむらのない速力で陸続通り過ぎて
前へ 次へ
全45ページ中38ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング