を出はずれたら堤はぽーっとなるほど遙々とのびていた。川は本当に気持がよかった。
「川口へ来て世帯を持ちな、暮しいいぜ」
 まだ独身で、ここから通っている飛田がそんなことを云った。誰かが路の両側を見まわしながら、
「だってえ。どっち向いたって真黒けな人ばかりみたいなんだもの」
「それがいいのさ。金気《かなけ》がしみついてるから虫がつかないよ」
 綾子が細かいめの紫と白の矢羽根の袷で、パラソルを膝の前へつきながら河原で跼んで流れを見ていた姿が、シャボン泡の中へ甦った。
 あらかた洗濯物がすみかかったとき、婆さんがひょいと裏へ首を出した。
「おや、洗濯か。サイちゃんはまめで、見てても気持がいいや。――若いもんはいいねえ」
 薄赤い、むっちりした手が水の滴をたらしながら襦袢をしぼり上げるところを見ていたが、引込んだと思うと、
「ちょいと、すまないけど、これもついでにザブザブとやっといて下さいな」
 焼杉の水穿きをつっかけて、自分の水色格子の、割烹着をもって来た。
「ここへおきますからね、すまないねえ」
 サイがどうとも云わないうちに、素早く、シャボン水の流れている三和土へじかにおいて縁側の方へ
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