行ってしまった。
しんから舌うちしたいところをやっと耐えて、サイは唇をかんだ。何て気にくわないやり方をする婆さんだろう。まともに物を頼むということを知らないで。姉さんと呼んでいるここのかみさんのトミヨがサイの母親の血つづきで、上京したのも、その連れ合いが高島屋の裁縫をひとてでやっているというお針屋の口を世話してくれたからであった。ところが家のなかのことや、サイのほかに四人おいている下宿人の世話は連れ合いのおふくろであるこの婆さんが一切とりしきっていた。トミヨは子供にかまけて、合間に賃仕事をするのが精一杯のように、まとまっては物も言わなかった。
サイを今の勤めにふりむけて、女中に行っている先から暇をとらしたのは、周旋屋のようなことを商売しているトミヨの連れ合いの寸法であった。
「そりゃお目出たい。全く今どき、いいねえちゃんが、よその台所を這いずっているなんて気が利かないよ」
婆さんは、一応戻って来ながらも不安そうにしているサイにそう云った。
「そうときまれば、サイちゃんも立派なおつとめ人だもの、あんきに手足を伸すところもいるわけだね」
耳のうしろから半分吸った煙草を出して、何か思
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