、びくっとした顔になって、烏口を持ち直した。ほどなく飛田が腕章のついた作業服に、幾分顎の張った苦い顔でこっちへ廻って来たときには、娘たちは皆緊張して、いろいろな髪形を見せながら、ひっそりと図板についているのであった。
定時のサイレンが空気を広くふるわして鳴りわたった。初まりは低く次第に太く高まって暫くの間大空に音の柱が突立ったようにそのまま鳴ってから、低くなって消えるサイレンの響は、いつきいてもサイに漠然とした怖《こわ》さを感じさせる。あっちこっちでサイレンが鳴っているけれど、ここのだけはその幾通りかの音色をぬーと凌いで、息も長く、天へ大入道が立つようだった。このサイレンが鳴り出すとその音の太さ高さから附近一帯の家並の小ささが今更感じられる。
残業の日で、一しきりサイレンにふるわされた空気も鎮り、夕方のすきとおったような西日が窓から見える雑草の色を目にしますと、サイは冬の間には知らなかった気持が胸から脚へと流れるのを感じた。淡い気怠るさのような、また哀愁のようなその気持は、空気の柔かなこの頃の夕方のひととき、サイのぽってりした一重瞼を一層重げにするのであった。
窓際に小さい円い
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