すようにして出して、
「すみません」
 その鉛筆をうけとった。
 弓子が人をばかにしていると後でぷりぷりおこった。サイが困ったようにうけ答えしていたら、わきで爪をこすっていたとよ子が、
「ふふふ、サイちゃんばっかりいい迷惑だわね。何故あんなに云うか知ってる?」
 サイの方は見ないでなお作業服の袖で爪をこすりながら気をひくようにきいた。
「さあ」
「弓子さん、自分だって伍長がすきなのよ。だからよ、ね、わかったでしょう」
 それを思い出して笑えたのだったが、笑いやんでみると、サイには、あんな風に自分を見ないで云ったとよ子の云いかたにも何か特別なものがこもっていたようで、妙な気がした。
 サイたちの室は娘ばかり二十人足らずで、男の働いている大きい作業室から張り出しのように新造された一区画であった。みんな二ヵ月の見習もここでやった新しい臨時の連中ばかりである。
 三時頃、大きい方の部屋で飛田の何か怒っている声がした。云いわけらしい別の低い声がしたと思うといきなり平手うちが聞えた。
「飛田の手だと思うなッ」
 ふくら脛《はぎ》が重たくなって、両肱をもたせた製図板に重心をかけて小休みしていたサイは
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