るというのではなく、製図板を並べながら互に決して口をきき合わないという形で継続されているのであった。
「けさだってさ、体操のとき、わざわざ直させたりしてさ、何ていけすかないんだろ」
「そうだったかしら」
「どこに眼がついてんのよウ」
ふっと笑えて来たら、おかしさがとまらなくなって、サイは、ああいやだ、いやだ、と手の甲で涙をふきながら肌理《きめ》のこまかい顔を赤くして笑いこけた。
「何なのさ、何がそんなにおかしいのよ」
「だアって」
「気持がわるいわよ、云ってよ」
「御免ね、何だか急におかしくって」
いつか、綾子が鉛筆を床へ落したことがあった。それがころがって隣の弓子の足許へ行った。弓子は勿論ひろってやらない。そこへ伍長の飛田がまわって来て、
「鉛筆がおちてるぞ」
と云った。弓子も綾子もだまりこくって製図板にふさっていると、飛田が、ポマードできっちりとわけている頭をかがめて、それをひろった。
「支給品を粗末に扱っちゃいけない、物資愛護、物資愛護」
そう云いながら鉛筆をあげて、そのあたりを見まわしたとき、今まで知らんふりだった綾子が、
「アラ!」
ルビーの指環をはめた左手をすこし反
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