あった。
「サイちゃん、もうすんだの?」
「ううん、まだ一月あるの」
 ぶらぶら行くと、弓子がサイの作業服の筒袖のたるみをきゅっとひっぱった。
「どうしたの」
 眼顔で弓子がさすのを見ると洋品のところでひとかたまりの娘が、この頃流行の髪につける小さい結びリボンを選んでいる。その真中で、綾子が水色っぽい一つを手にとって、
「どれ? いいけど、地味だねえ」
 わきに立っている娘の髪の上にもって行って眺めているのであった。中高なのと頬の上のところに黒子が一つあるのとで綾子の派手な顔立ちは人目に立ったし、そんなにしてリボンを選んだりしている動作のうちにも、いつも見られる自分を意識しているポーズがあるのであった。
「こないだ三越でとっても素敵なの見たわ。繻子でね、片方は鼠っぽい銀色、裏は薄桃色で、モダンだったわ、一尺六十八銭よ」
 行きすぎて暫くすると弓子が腹立しそうに、
「ふん」
と云った。
「見なさい。ピクニックの話がちょっと出たらもうあれだ」
 綾子さん、華宵の女のようだわ、ととりまく娘もあって、サイはそうなのかしらと距離のある心持でいたが、弓子の綾子ぎらいは容赦なかった。向いあって喧嘩す
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