を見ても、夜でもないしさりとて朝になりきっているのでもない不愛想な表情で、四辺のそんな雰囲気からもサイの頼りない心持は募ってゆくようである。
 地響を立てて青森発の長い列車が構内に入って来た。サイは体に力を入れるようにして機関車の煽りをやりすごすと、三等の窓一つ一つに気をつけて後尾へ向けて小走りに歩きはじめた。忽ち列車から溢れ出る人波に視野を遮られた。リンゴの籠だのトランクだのにつき当りながら一番尻尾の車の近くまで強引に行って見たが、それらしい姿は群集の中になかった。サイはホームの出口に近いところまで駆け戻った。そしてなおよく見張ったが、初め黒いかたまりとなって流れて来た旅客の群は次第に疎《まばら》になって、手拭をコートの衿にかけた丸髷の女連れ二人が大きい信玄袋を持ち合って歩きにくそうに行ってしまうと、それが最後で、ホームに残っているのは貨車のまわりの貨物係りだけになってしまった。
 夜どおし駛《はし》って来て停った機関車の下から白い蒸汽がシューシュー迸《ほとばし》っては、ふきつける風に散らされている。それを伏目で見て唇を軽く噛んでいるサイは、涙組んだ。この次だとすると五時三十四分のか
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