の色が、あたりにまだのこっている眠りの深さを感じさせる。サイが新聞包からよそゆき下駄を出していると、遠くの闇を衝き破るような勢で始発間もない省線が通る音が風にのって来た。
外へ出てみると風は思ったよりきつくて、タバコの赤い吊看板が軋《きし》んだり、メリケン袋をはいでこしらえた幕をまだしめている駄菓子屋のガラスが鳴ったりしている。
上野駅へついたのは五時二十分前ほどであった。ガランと広い出口のところに宿屋の半被《はっぴ》を着た男が二人、面白くもない顔つきでタバコをふかしながら、貧乏ゆすりしているばかりで、人影もろくにない。中央の大時計に合わせて紅いエナメル皮で手頸につけた時計を巻いてから、サイはまた不安な気持になってハンドバッグをあけた。折り目の擦れたハガキには、五時ごろ上野駅へ着くそうです、と鉛筆で書かれている。五時ごろ着く汽車と云えば、ゆうべわざわざ王子の駅まで行って調べたときも、四時五十八分というのしかないのであった。
吹きとおす風をホームの柱によってふせぐようにして佇《たたず》んでいると、やがて貨物運搬の車が入って来てサイの立っている少し手前で止った。駅員も出て来た。どの顔
前へ
次へ
全45ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング