というような困った表情をした。
「ハハハハハ、まアいいさ。あとで旦那さんが見えるから、御挨拶しな」
 じゃあ、これは支配人というんだったのかと、下を向いたままサイは何だかおかしさと馬鹿らしさがこみあげた。何て主人のように物を云うんだろう。
「ねえちゃんのいるのはどこだい?」
 姉ちゃんというより姐ちゃんという風にきこえる問いをひきうけて、
「どっか王子の方ですってさ」
 わきからおかみさんがバットに火をつけながら答えた。
「工場なんですって」
「こっからは――大分あるな。近すぎるよりは身のためだ。家へもよく云ってやって下さい。たしかに引受けたからってね」
「どうぞよろしくお願いします」
 サイは頭を下げた。
「じゃ、装《なり》みてやって」
「そりゃあなた、新どんに云ってくれなけりゃ」
「あ、そうか」
 片方は懐手のまま立ち上りながら、
「今仕着せを出してやるから、着たら店へ来な」
「さ、私もこうしちゃいられない」
 従ってサイも勇吉も坐っていられなくなって廊下へ出た。
 二階へ戻ると、サイは寂しい眼色をしながら黙って新聞包の土産をわけはじめた。

 声を出したら涙が出そうで、弟の顔を見
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