下さい」
サイがいそいで「はい」と都会の声で返辞した。
「さ、行こう」
サイが先へ立って梯子を下り、ここですよ、と内から云われた襖を膝ついてあけると、そこは日のささない六畳で、大きい台が真中に据えてあった。女中が遠慮のない視線でサイの人絹ずくめの体を見下しながら、台処から汁椀を運んで来た。
ここで自分まで朝飯をよばれようとはサイは思いもかけないことであった。
「気がつまるといけないから、お源さん、お櫃《ひつ》は姉さんにたのみましょうよ」
腹がすいている筈だのに、勇吉は三膳しか代えなかった。もっとおあがりよ、と云いたいのをこらえて、サイは洗いものを自分で台処へ運んだ。
やがて紺色の羽二重を頸にまきつけた、でっぷりした男が懐手でその部屋へ入って来た。
「よう、来たね」
主人だろうと思って、サイと勇吉は丁寧にお辞儀をした。
「東京はどうだね、まあ辛棒が大切だ。追々勝手が分りゃあ何にも心配するがもなあないさ」
煙草を一服、二服して、
「何てったっけ、勇――吉君か、丈夫らしいじゃないか」
サイは自分の膝の上を見ている。ちゃんと対手を真面目に見ている勇吉は返辞するのによく声が出ない
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