?」
「ああ」
「村からほかに誰と誰が来たの」
勇吉は自分の隣りに並んで立っている少年の方を顎で示した。
「まだ高等からも二人ばっか来ている」
そこへ、引率の教員が列の中ごろまで出て来て、
「では、これから二重橋へ行きますから。皆電車ののり降り、交通によく注意して下さい」
と大きい声で注意を与えた。
巻ゲートルの男が教員と並んで先頭に歩き出した。バスケット。風呂敷の包。トランク。勇吉のような時代ものの鞄。子供たちの荷物はそれぞれの形と色とで、田舎の暮しぶりを物語っているようで、サイには懐しい心持が湧いた。男の子たちは黙ってそれらの荷物をもって動き出した。後から跟《つ》いて歩く人々のなかにサイもまじった。
東京駅の前から、二重橋前の広場へさしかかった頃には、朝日が晴れやかにまだ活動の始らないビルディングの面を照し出したが風の勢はちっともおちず、サイの長い袂は羽織から長襦袢まで別々に吹きちらされた。一行は風にさからってうつむきながら砂利を踏んで行った。
仕切りの手前のところまで行って横列に止った。
「さて皆さん、これから謹んで遙拝し、銃後を守る産業戦士の誓を捧げて解散したいと思いますが、その前に今日から皆さんの先生ともなり親ともなって将来の御指導をして下さる方々に紹介したいと思います」
幾ヵ村かの小学校からとり集めて上京する子供たちを引率して来たその教員は、そう云いながらポケットから手帳をとり出した。
「名を呼ばれた人は三歩前へ出て下さい」
山陰《やまかげ》の佐藤清君、市原正君。自分の村の名と自分の名とを呼ばれた少年たちは云われたとおり列をはなれて前へ出た。すると教員はちょっと体をひらくようにして、城東区境町昭和伸銅会社浅井定次さんと、横の方にかたまっている大人たちの群に向って呼んだ。なかから、鼠色の服をつけた五十がらみの男が帽子を脱いで一二歩前へ進んだ。礼! 二人の少年の礼に、
「やあ」
というような挨拶をしながら瞬間にこやかな顔になって自分も礼をかえし、後しさりに人々の群へ戻った。名を呼ばれる少年たちはどの子も口元をひきしめ、瞬きもしない眼差しを凝らして、あっちの方から出る人を注目しているのであった。小倉服の肩に朝日の光を浴び、生れて初めてひろい東京の風に吹きさらされながら、一生懸命な顔をしている弟たちを見ているうちに、サイは唇が震えるようになって来て
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