腰かけをもち出して、膝の上に弁当の包をのせたまま、そんな気分でいるサイのわきへ、てる子が、
「一緒にたべましょうね」
とよって来た。年の少いてる子は、快活で、弁当箱のふたについた御飯粒を箸の先で拾いながら、
「あらいやだ、母ちゃんがまたこれ入れている、私末広きらいなのに……千葉の親類がこんなものをくれるんだもん」
そう云いながらサイの弁当をのぞいた。
「ちょっとおかずとりかえない?」
切干の煮つけをサイは昼もたべた。きのう弁当に入っていたのも同じものだ。王子の婆さんは元からそういうことを平気で下宿人の誰にでもした。この頃は、ものがあがったというわけでなおひどい。男連は、だからじき弁当を持って行かないようになってしまうのであった。
「ね、あんたどう思う? 伍長さん、ほんとにピクニックへつれてってくれると思う?」
「さあ……どうなんだろう」
と云いつつ、サイの目はてる子が弁当の下にひろげている古新聞の写真にひかれた。
「ちょっと」
「なに?」
「その写真」
サイが箸を持ったままの手でこちらへ向け直して見ると、それはやっぱりそうだった。勇吉を迎えに行ったあの朝、やはり上野へ着いた山形県からの小学卒業生たちが一団で撮られていて、東北も雪の深い奥から来た少年たちは絣の筒っぽを着て、大きい行李を持っている。偶然こっちへ顔を向けている少年の円っこく光ったようにとれている鼻や、おどろいたような真黒な二つの眼は、その足許におかれた新しい行李とあわせてサイの心に迫って来るものがあった。可憐なる産業戦士、晴れの入京という見出しがついている。あの三月の第四日曜にはその前の日に卒業式をすましたような少年たちが、万を越す数で地方からこの東京へ教員に引率されて来たのだ。
よくニュース映画に思いがけなく出征している息子や兄の顔が映っていて、大よろこびした話を、サイは思い出した。この子の親がもしこの新聞を田舎で見たら、どんな気がしただろう。
「ああ、ほんとに写真とろう」
サイは思わず溜息をつくように云った。
「弟がこんど日本橋の方へ来たのよ」
ここで育って、ここで勤めているてる子にその気持は通ぜず、悪気もないとおり一遍の表情で、
「いいわね、淋しくなくって」
あとは「愛染かつら」の主題歌を鼻でうたいながら、円椅子を片づけはじめた。
三週間近くなるのに勇吉はまだ手紙をよこさない。ここで
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