ての心次第であってみれば、嫁たるもの妻たるもののしたがう範囲は無際限といえる。子なき女は去るべしというのも、益軒として、実に奇妙と思える。人も知るとおり貝原益軒には有名な養生訓という本がある。いろいろ科学的には変なところがあるにしろ、養生という以上生理にふれているわけだのに、益軒は女が子供を持たない理由に夫の責任が過半であることを全く見ようとしていない。女一人の責任として、妾の存在を肯定している。時代の道徳というものの矛盾が、益軒の彼としてはまじめな態度をも、大局にはこのような矛盾においているのである。
「女は常に心遣いしてその身を堅く謹慎すべし朝早く起き夜は遅く寝ね昼は寝ずして家の内のことに心を用い云々」当時の男としてのこういう要求においても益軒は女のための養生訓の必要ということに思い及ぼうともしていない。女が子を持てなければ去るべし、といいながら、女の妊娠期間への注意、分娩や育児への忠言は与えず、「古の法にも女子を産ば三日床の下に臥さしむと云えり」という風である。
益軒の時代は、さっき触れたような商人擡頭の時代であって、歌舞、音曲、芝居なども流行をきわめ、上方あたりの成金の妻女は
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