親の声が、急に、おこった調子で高まった。
「お忙しいのは分っていますがね、あなたって方は、いつだって、その場では安うけ合いをして、決して実行なさらないんだから。築地のことでは松平さんだって、どうなったかって、おききになるんですからね、放っちゃおけないんです」
「わかってるよ、だから明日にも勧銀へ行って調べて来よう」
「あした、あしたって。――大体あなたは、建築家のくせに、事務的でいらっしゃらない、私の体の工合がわるくさえなければ、何にもあなたのお世話はうけないんだけれども……」
 気まずい思いがひろがって、宏子も順二郎も黙り込んだ。お盆をもってお給仕がそこに坐っている。宏子は気がついて、
「もういいわ」
と云った。瑛子の気質の激しさは、いつもこういう形で爆発するのであった。食事を終って、横の腰かけに移った泰造に、なおも言葉で追いすがるように瑛子が云った。
「あなたって方は卑怯ですよ」
「――大変なことになったもんだね」
 それは、やっと怒鳴るのを我慢している苦々しげな笑いで云った。
「俺は、自分ぐらい模範的な良人はないと思ってるがね」
「そこが卑怯だって云うんです――あなたはひとが来ていると、いつもそうだ」
「ひとって――ひとなんか別にいやしないじゃないか」
「宏子だっているじゃありませんか」
 父親と向い合うところに腰かけていた宏子は思わずその言葉に頭をあげた。そして、父を見た。
「自分の娘を、ひとっていう奴があるもんか。とにかく、あした勧銀へ行きますよ、そうすりゃ何も云うことはないだろう」
「あなたは、自分のかたをもつものがいるときは、いつもそうやってごまかそうとなさる。私はそういうところがいやなんです」
 宏子は、少し蒼ざめた顔をして瑛子を見、云った。
「私はひとじゃなくて、ここの子だと思ってるんだから、どうか安心して、いくらでも喧嘩して頂戴。その方がよっぽどいいわ。私が味方するのは、私がその人の云うことは本当だと思うときだけよ。私だって母様の子だからね、喧嘩は大しておそれないの」
 父親と並んで腰をかけ、腕組みしていた順二郎が、制服の膝をゆするようにしながら憂いのあらわれた訴える声で云った。
「どうしてみんなそう怒るのさ。ねえ、母様もおこるのやめて。僕、苦しくなっちまう」
 上気して滑らかな瑛子の頬っぺたの上を燈火に光って涙がころがり落ちた。
「ほんとに考え
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