などはどんなだろうと思い遣った丈で汗が滲み出る。
 息もつまりそうにうっそうと茂ったエルムの梢を、そよりとも動かす微風もなくて、静かに横わった湖水から、彼岸の山にかけて、むっとした息のような霞が掛って居る。何時とはなく肌がしめるような部屋で机に倚りながら、東京ももうさぞ暑い事だろうなと思う。
 父上の白い洋服がやたら心に浮ぶ。暑いと云えば、毎年暑中たまらない思いをして来た須田町の午後の日ざかりを思い出す。
 家々の屋根や日覆が、日没前の爛れたような光線を激しく反射する往来は、未練する跡もなく撒き散して行った水でドロドロになって、泥から上るムッとしたいきれが、汗じみた人の香と混って、堪らなく鼻をつく。
 皆が電車を待って居る。学校帰りの学生、事務所をしまった人々、職人、交換手、そういう種々雑多な人々が、各自に違った汗を掻きながら、泥を白い足袋の上にハねかえし右往左往するのを思うと、今斯うやって、静かな水の辺で、電車の音もきかずに居るのは感謝すべきである。暑いと云ったりする事は寧ろぜいたくであろう。

 ○静かな静かな寂しさの裡に夜は更けて行った。彼女は、読みかけて居た本を伏せると、深い息
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