をつきながら、自分の周囲を見廻した。
白地の壁紙、その裾を廻って重くたれ下がって居る藁の掛布、机、ランプスタンド、其等は、今彼女の手にふれる総ての書籍が、遠い故国の母の手元から送られたものであると同様の有難さをもって、彼の手に作られたものである。
地下室の隅から塵だらけになって引出された板、其を日に乾し、水で洗い紙に包んで、丈夫な、使い心地のいい机に仕てくれたのは彼である。
蝋燭立てと、ソッケットをうまく利用して感じのいいスタンドを作ってくれたのも彼である。彼女は、光る鋲でとめられた垂布の、深い皺の間々に、額に汗を掻いて、太い釘を打ち込む彼の白い腕を見る事が出来た。彼女は、今、彼方の部屋で、広い寝台の上に安眠して居るだろう彼の様子を心に描いて見た。
母の書を思い遣る時、自ずから、彼女の胸を満たす、無限に静穏な感謝が、鎮まった夜の空気に幽にも揺曳して、神の眠りに入った額へ、唇へ漂って行きそうな心持がした。
愛する者よ、我が愛するものよ、
斯う呼ぶ時、自分は彼という一つの明かな形象を透して、限りない尊び畏るべき人々と、いたわり憐むべき人々との心へ、自分の魂が拡がるのを感じる。
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