彼への深い信は、魂の愛は、万人へのよりよき心の共鳴を教える。
 真の愛に跪拝するものが、どうして、不死の霊魂の栄を見ないで居られよう。
 又如何うして、あらゆる幸福から虐げ追われた不幸な人々の魂の吐息に耳を傾けずに居られよう。
 今、此の静安な夜の空の下に、深く眠る幸福な人々よ、
 又、終夜泣きぬれて、宿命の不幸に歎く人々よ、
  卿等総ての上に福祉あれ!
 彼女は、優しい涙にぬれた感動をもって、醒めた、居睡った無数の生霊の上に、頭を垂れたのである。
 けれども、此の稍々せんちめんたるな人が深夜、人気ない部屋に在って思う、こんな感動は、暫くすると、その感動を静かに見守る何物かによって、次第に其の光彩を失いかけて来た。

 彼は父親のように自分を愛してくれる。
 その静かな愛、鎮まった魂の凝視、何故其が自分に涙をこぼさせるのだろう。
 私は、彼のセルフコントロールに、絶対の信頼と尊敬とを持って居る。
 彼は私を父親のように愛し、守り、助けてくれる、其でいいのだ、そう人[#「う人」に「ママ」の注記]を私は待って居たのではないか?
 其だのに、何故、私は今、此の涙ぐましい心持に深く深くひたって行くのであろう。
 不満なのか? そうではないと私は返事をするだろう。
 淋しいのか?――淋しいのか我魂よ、
 私は、一縷のかすかな白い煙が微風にもなびかず胸の裡を、静かに静かに立ちのぼって行くような心持を味う。
 其は果して淋しさというべきだろうか
 静けさなのではないか、
 けれども、私は、その立ちのぼる煙の末が、淡く幽かに胸をすぎるとき、滲み出る涙が、眼に映る紛物を、おぼろにかすめさることを拒むことは出来ない。

 十日
 夜一時半
 夜露が深く湖面に立ちこめると見えて、うすらつめたく湿った空気があけた窓から入って来る。
 明日は雨にでもなるかと思って、フト外を眺めると、何か、小さく光るものが目にとまった。
 私が窓の方へ目を向けた其瞬間、フーッと光ったような気がした丈で、あといくら見なおしてももう二度と眼にうつらない。
 私は計らず、死にかかって居るジューの女房の事を思い出して、堪らなくゾッとして来た。
 彼女は先妻の妹である。まだ年は若いのだが、彼女の姉が死んでまだ間もなく先の夫と結婚したのだが、神経病で死にそうだと云う。
 雷のひどくなる晩、*を見て居て、ひどくショック
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