明治二十年末のロマンティシズムの生んだ文学の一つの高峯である。けれど、そこにある美は全く感性的な情趣的なもので、主題は人間精神の成長の問題よりむしろ、稚い日の恋の淡く忘れがたい思い出をのこして流離してゆく浮世のはかなさというものの風情の上におかれているのである。女性としての人間精神の確立ということについては一葉も時代の制約のなかにあって、確立を不可能にしている世の中の、女への掟に身をうち当てて文学はその訴えの姿態としてあらわれているのである。
 小学校を出たばかりの少年や少女たちは、この一二年の間に夥しい数でひろく荒い生産の場面に身と心とをさらしはじめているのだが、日本の明日の文学はこれらの稚く若々しい肉体と精神の成長のためのたたかいとその悲喜とを、どのように愛惜し誠意を披瀝しておのれの文学のうちに描き出してゆくのだろうか。[#地付き]〔一九四〇年十一月〕



底本:「宮本百合子全集 第十二巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年4月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
親本:「宮本百合子全集 第八巻」河出書房
   1952(昭和27)年10月発行
初出:「新女苑」
   1940(昭和15)年11月号
入力:柴田卓治
校正:松永正敏
2003年2月13日作成
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