根の弱い敗北はもうくりかえされなくていいことだと思う。娘は何のためにその母より二十年二十何年若い世代としてこの世に送り出されて来ているのだろう。娘の心の摸索と苦しみとは何のために経験されているのだろう。やがてあきらめて自分にも忘れられてしまうために、その思いに沈んだ夜の幾時かをすごしているのだろうか。
私たちは、どんなことにしろ、そのものの意味を知らなければ、それを大切にしたり愛したりすることは出来ない。現実を理解しなければ、それを愛し、そこに働きかけてゆく人間の歴代の努力のうけつぎ手として今日生きているよろこびや感動を味うことも出来ない。知は愛の母、というレオナルド・ダ・ヴィンチの言葉は真実にふれている。現実を知るということと、現実はこんなものだと分るということとは全く別である。こんなものなら、どうして現実はこんなものとしてしか現れないか、こんなものである現実に飽かず何故人間は営々と努力しているか、そこにまでふれて理解しなければなるまい。周囲の世相が急流のように迅ければ迅いほど、私たちの知識や理解力は深められなければ、やって行けなくなって来ていると思う。
ひところ若い娘の美容法の
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