スの婦人作家が、女にとって苦しい結婚生活と宗教との負担に、情緒的に反抗しつつその解決は作品の中でだけ可能な夢幻境へ逃避の形でまとめているのは注目にあたいする。バルザックの「従妹ベット」「ウウジニイ・グランデ」、モウパッサンの「女の一生」(以上岩波文庫)などは法律の上にも経済の上にも受け身な女の一生の真情の悲劇を心を貫く如く描いている。「寡婦マルタ」(改造文庫)はポーランドの婦人作家オルゼシュコによって書かれているが、この作品は従来の女の教養が不幸を救う実力でないこと、近代勤労婦人発生の黎明期の物語として見のがすことのできない価値をもっている。
 イプセンの「ノラ、人形の家」はもうふるいと一部にいわれるが、そのふるくない解決へ何歩私たちは歩み出し得ているだろうか。ツルゲーネフの「処女地」「その前夜」は歴史がその解決の試みへの足どりを示している。ジイドの「女の学校、ロベル」などは若い人々に読まれるが、この作者独特の観念のかった扱いかたで、現実の道は案外にもアグネス・スメドレイの「女一人大地を行く」を貫いて発展して出て来たところに通じているのではなかろうかと思われる。
 日本文学が、万葉集時
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