ての人は教育をうけることが出来るという憲法の言葉は、決してまだ実現されておりません。それは実現されなければならないことを、実現させる方法を見出すべきであることを知らないのです。そういう風に文字の上の進歩を、現実社会の進歩として実現すべきであることを知って、実現して行くように努力することが、人間の良心に立つ行動であることを理解すること。これが一つの人間革命であり、人間発展としての民主主義確立の意味であるとおもいます。
 同時に、人間の生活は、ある期間は食べるばっかり食べ、次のある期間には絶対食べることはしないで、別のことをするなんて、変なことが出来るものでありません。よく働いて、よく休んで、人間らしい文化の生活も営み、教育もうけるというのが人間の生活であり、勤労者人民はそれをどんなに希望しているかは、世界最初のメーデーのスローガンにもあらわれました。二十四時間を、八時間働いて、八時間休養して、八時間教育をうけるということは、アメリカの労働者が世界第一回のメーデーで要求したことです。私どもの文化活動とか、社会的な働きをしている者の人間発達は、綜合的にされるべきものです。すべての今日の現実、すべての今日の問題をひっくるめて、明日の可能性をその中から発見し、それを実現するように実行しながらすすんでゆくものです。
 たとえば、人間性の発展としてあらわれる才能というものについてみても、現在の社会では、才能が多くの場合、偶然によって発見されて来ています。ソヴェトの各工場にはみな文化サークルがあって、シーモノフなども工場のサークルから送られた作家です。舞踊でも、オペラでも、文学でも、あらゆることが、文化サークルの中にあって、そこで、この人たちの好きな、やりたいことをやっているうちに才能が成長し、発見され、みんなが助け合って地区の文化サークルのコンクールに当選する、さらに地方のコンクールに当選して、そういう人ならば、とアカデミーまで勉強にゆく可能が出来る。個人的な、一人でも競争者をけおとさなければならない、アナーキスティックな競争心は必要ない条件があります。本当によい労働者、そして本当にいい歌い手であれば、あの男の歌ならみんなが聴いて喜ぶ、あの人をわれらの歌い手にしようじゃないかと、だんだん上のコンクールへ出したり、勉強させて、アカデミーまで送り出すのです。こういう可能が、社会条件のうちにあれば、才能というものは、ほんとに皆の宝で、自分だけの立身のタネでないことがわかり、そのことで芸術も高められる条件が加わります。
 私ども人間の感情表現が、そういう風にして現実に生活の条件によって変るということをはっきり理解すれば、今日ソヴェト生活についてのいろいろなお話は、私たちが現に生きている今日の日本の社会をどう変えた方がいいか、どう変える可能性があるかについても、実にどっさりの教えるところがあるわけです。
 新聞を見ると、暴力団狩りが始まっております。まずこの食糧の問題、労働賃金問題、インフレ問題は、一朝一夕に、てっとりばやい効果が示せないから、出来ることから早くやって、誰の目にも悪いとしか見えないところに掣肘を加えておくのは、賢明でしょう。闇の大親分が捕まった、料理店がしめられた、それらはたしかに社会不安の幾分をへらします。しかし、新聞では一千万人の失業が見こされていて、その見出しには、失業保険による生活安定の見透し確立と書いてあるとき、私たちの心は果して安定を感じるでしょうか。闇の親分といい、犯罪的行為といい、それは非道な戦争の強行と、その後の社会生活の破綻が、根本の原因です。人口の大部分を占めている勤労者の生活の不安が解決されないまま、その結果にあらわれた誰の目にも悪いものを掃除したとしても、根本矛盾がそのままでは、また、たちまち悲劇は反復です。きょうの往来を歩くと、到るところ「スリが狙ってる!」と立て札があります。あれをみて戦争中、「スパイ御用心!」と到るところに貼られていたポスターを思い出さない人があるでしょうか。そして、あの悲しいポスターと、この歎かわしいポスターとが、本質において、一つものだということを感じない人があるでしょうか。それを一つとして感じる能力こそ、社会的な文化性にほかなりません。

 ソヴェトの話が日本の話になってしまいましたが、ソヴェト社会について、何故日本の私たちが語る価値があるかといえば、ソヴェトは自分たちの意思で、自分達の幸福を守り得るような社会を作って来たからです。自分たちの目の前にあることをどう見るか、そして、どういう風に発展させて行くか、われわれの未来を人類的な形で昂めて、新しい民主的社会に近づけて行く可能性の問題が、ソヴェト社会の一歩進んだ民主主義の方法と経験のうちに示されているからです。私たちがより明るく、
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