に出る迄に運び去る人。何時頃来るのか、男か女か、子供か大人か、伸子はちっとも知らなかった。然し、土曜日には間違いなくそれ等の洗物が、再び知らない人の手で寝台の上に置かれている。そういえば、第一階の大広間の、あのいつも白い大理石の床は、いつ、誰が拭いているのだろう。伸子は、眠られないと、夜中によく耳につく道路掃除人夫の働く音を思い出した。深夜、七階の彼女の窓へ聞えるのは、ホースで水をはじかす音、ガリ、ガリと石敷道を何か金物の道具で引かく淋しい音ばかりだ。覗いても、燈の消えた向いのアパアトメントの暗い窓々しか視野に入って来ない。人は見えない。次の朝になると、上へ行くほど坂になり、涯には海でもありそうに展望を利かして、青空に折れ込んだ街路が、昨夜の記憶などけろりとなく横わっている。そういう大都会独特な、姿のない働き人。伸子は不思議なような陰気なような気持がした。
伸子は、また訊いた。
「ね、ミセス・コムプスン、貴女もここに棲んでいらっしゃるの?」
「いいえ、私はつい近処に別に部屋を持っていますんですよ」
少し息ぎれがするような調子であった。
「家の方がたと?」
「No, dear, I
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