う森《しん》としていた。伸子は、ちょいちょいミセス・コムプスンの方を見た。皺だらけの顔なのだが、頬骨の上のところが、まるで艶々と子供のように赤い。その赤い頬と唇に絶えず微笑の影を浮べ、背の高く平べったい藍縞服の上半身を、お婆さんらしく右に捩って反りかえらせ、楽しい仕事でもしているように働いている。――
伸子が寄宿舎に来てから三月経っていた。がミセス・コムプスンが部屋を掃除してくれる時に落ち合ったのはそれが始めてであった。彼女は、暫して訊いた。
「――敷物なんかも貴女の受け持ちなの? ミセス・コムプスン」
「No, dear 敷物は一まとめにして、廊下を掃除する人が叩くんですよ。あれは力がいりましてね――私みたいにお婆さんになってはもう駄目、駄目ですよ」
ミセス・コムプスンは、眼尻に深い皺を作って笑った。伸子は、彼女の云う廊下掃除受持の働女というのをまだ一度も見たことがなかった。伸子が会ったこともなくて、而もこの尨大な寄宿舎の生活、ひいて彼女の日常生活の必要を満している働き人は他にも沢山あった。例えば、毎週火曜日の夜、扉の外に出して置く洗濯袋、それを翌朝八時か九時に伸子が目を醒し洗面
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