るのである。
 今日は雨が降っている。窓によって外を眺めると、田圃の稲の青々と繁ったところに、蓑笠つけて一人の農夫が濡れながら鍬をかついで歩いてゆく。その姿を一幅の風景画と見たてて、ああ、いい景色だとだけ眺め得る人もあるであろう。その人々は、自分で雨にぬれる必要がないから、雨中労働をしなければならない農夫の感情がどうであろうかとは直接考えられない。同時に、稲のできばえによって、年貢の上り高がちがう地主が、自己の利害の打算から、その季節と雨とが作物に及ぼす関係を敏感に計算する、その感情の生々しさも理解し得ないであろう。
 同じ雨の朝を、登校する小学生のすべてが、同じ感情で眺めるであろうか? ゆとりのある家の子供である一郎は、雨がふっているのを見てひどく勇み立った。何故ならば、一郎はこの間誕生日の祝いにいいゴム長を一足買って貰った。雨がふったから今日こそあれをはいてこう! そう思って一郎には雨がうれしいのであるが、一郎の家の崖下の三吉のところでは、全然ちがった光景が展開されている。三吉は、上り口のかまちに腰をかけて、ゴム長の片っ方を手にとり、しきりに困っている。兄ちゃんのお下りであるそのゴ
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