自我の足かせ
宮本百合子
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(例)[#地付き]〔一九四八年三―四月〕
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日本にこれまでブルジョワ民主主義が確立されていなかった。現在は、日本のおくればせなブルジョワ民主革命の完成の時期である。だからヨーロッパでは十八世紀の終りから十九世紀のはじめにかけてみられた市民精神の確立――近代的自我の確立が必要であると考えている人がどっさりある。
まったく思えば日本の封建的尻っぽというものは、妖怪じみて巨大である。なにしろ二十世紀のなかばまで、あれほどの封建的絶対性が社会全般をつつんでいた事実を思えば、日本の「近代」というものは明治以来ヨーロッパでいわれている意味の「近代」でなかったことは明らかである。そして社会がもっているこの封建の暗さのために、日本の文学上の重大なエポックであった自然主義もヒューマニズムもデカダニズムさえも、日本的な変種としてあらわれた。日本的な変種の現象は、自然主義の社会観を社会文学の思想と実践に発展させなかった。家族制度の重しの下で、藤村の文学にあらわれているように、「家」の探求やせまい家族関係の中での「自分」の主張におわらせた。こうして日本の私小説は悲しい誕生をつげた。
ヒューマニズムも白樺の代表者である武者小路実篤の「人類」観を見ても、どんなにヨーロッパの近代的ヒューマニズムとちがっているかがわかる。日本のヒューマニズムは、ヒューマニズムの歴史的前進の核である社会と階級の問題をはじめから落していた。それゆえ、一九三八年ごろフランスでナチスの暴虐にたいして人間の理性をまもるために組織されたヒューマニスティックな人民戦線のたたかいも、日本に紹介される時には、大事な闘争の社会史的な核心をぬいて伝えられた。日本の天皇制は、帝国主義の段階にあってファシズムの性質をあらわしはじめていた。フランスの人々が、人民戦線によってめいめいの近代的自我を主張し、個人の尊厳をまもった努力にくらべれば、日本でいわれた人民戦線、行動主義の文学能動精神などというものは、実に社会的誠意をもっていなかった。
プロレタリア文学運動に加えられた野蛮な圧迫をおそれ、圧迫をさける一つの逃げ道としてばかりあつかわれた日本の当時の動きはもとより「自我」をまもるどころではなかった。
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