不安をかもす経済事情の悪化を見ても、明瞭です。
 娘、愛人、妻として生きる女の今日の一生は種々の不如意に制約され、一人の女が自分のもつすべての魅力、智慧、真率さをそのまま愛するものを愛して幸福に生きたいという欲望の実現に生かし切ることは、非常に大きい割合で不可能になって来ている。
 その悲しみはすべての男女の心にある。もし私達が、現実の重みに屈せず、生きる権利とともに初発的な人類の権利であるより幸福な人間らしい生活への具体的探求をつづけ、その探求を生活で行為してゆくとすれば、それは形態として、何等かの意味での闘争でなければならないでしょう。私共は生きる以上、生物として先ず気温との闘争からはじまる、諸種の社会生活における闘争を無自覚ながらやっている。それが、上にのべた場合には自覚され、目的のきめられた闘争として考えられ、行動に組織されるようにならざるを得ないのです。
 ところで、ここに到ると、私はもう数万の読者の間にある認めがたい、微妙なざわめきの起るのを感じます。それは、私だって幸福は求めるけれど――だって……。ねえ。ざわめきの内容はそう私語している。
 私には、この囁きがよく聴える。
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