一国によって阻害されているようにニュース解説は型をきめた。日本にとって戦争は不可避的なもののようにあらわされていて、人々の眼はもうそわそわと、「朝鮮景気」「物価騰貴」「どの株を買えば安全か」「買いだめ、疎開は必要か」「七万五千人の警察予備隊」と矢つぎ早の電光ニュースに奪われてしまっているところがある。けさの新聞には、「閃光を見るな、十秒間は伏せ」という原子委員会の警告さえのっている。
 湯川秀樹博士は、このような軍事的発熱状態にある日本へ帰って来た。彼の科学者としての声[#「科学者としての声」に傍点]に、ヒューマニティーある科学の展望を与える響を期待するのは、決してわたし一人ではないことを信じている。
 現代の平和と原子兵器禁止の要求にあらわされている世界人民の熱望の声々は、より高い次元での人民のルネッサンスの声々である。現代の医学では癌の発生する原因がとりのぞかれず、一分ごとに癌患者が出ている。それだからと云って、癌を人間社会から絶滅されるようにと努力されているすべてのことを、あざ笑う誰がいるだろう。どんな癌もそれひとつで、いちどきに数万人を殺すことはない。原子兵器を全人類にとっての癌たらしめまいと奮闘する仕事を中傷するものがあるとすれば、それは、自分も死ぬことを知らないで、ほくそえみながら厖大な棺の注文を皮算用している棺桶屋ばかりである。[#地付き]〔一九五〇年十月〕



底本:「宮本百合子全集 第十六巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年6月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集」巻数不明、河出書房
初出:「世界」
   1950(昭和25)年10月号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月14日作成
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