は一人の青年としてすぐ周囲の環境を変更するだけの力のなかったことは当然である。高まろうとする心、よりよい生活に向おうとする情熱は、それかといって眠らされてはいない。
 そこでゴーリキイは自分の描く作品の中に、いろいろな人物の性格の中に、苦痛でおしまげられず日常の狭苦しい平安のためにあくせくすることを軽蔑する心、人類に約束されている偉大なことに憧れる心持ちを歌ったのであった。
 ゴーリキイのロマンティシズムというものはその社会的な発生において、以上のような性質をもっていた。ゴーリキイは後年自分のその時代の作品及び創作の態度を追懐して、
「あの時分、私はこの堪えがたい人生の苦痛について、せめてそれを輝かしい調子でもの語ろうとした。私は愚痴をいうのがきらいだった」
という意味のことをいっている。当時にあってゴーリキイが周囲の重圧と闘い、内心の火を守り、自分を腐らせないためには、彼の旺んな生活力から生じるロマンティシズムが必要であった。若しゴーリキイが自分の心の中におさえることの出来ない情熱を、全人類的なよりよい生活への希望、その達成のために努力する意志と結合させなかったならば、作家としてゴー
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