者に許可を求めてやっと本を出すということを説明し、「かの女らは美しいイタリーの空の下で、そういう生活をしている」といった。
 私が会って話した時間はたかだか一時間に充たず、それはゴーリキイの生涯にとって或いは殆ど間もなく忘れられたような瞬間であり、私の一生にとっても時間的にはまことに短い一刻であった。しかし、彼の風貌が直接私にあたえた深い信頼の感じ、さまざまな歴史の断面をつねに変らぬ努力と誠実さとをもって生きぬいて今日に至っている一箇の人間的チャムピオンの感銘は、終生私の心から消えることがないであろう。
 昔から偉大な作家の例としてひかれるのは、シェークスピアであり、ゲエテである。しかし、シェークスピアは或る時代あれだけの演劇的活動をやったが、彼を贔屓にしたエリザベス女王が亡くなると、前から心がけよくためておいた貯金と土地と家とをもって、昔かれが若く貧乏であった時、領主の鹿を売ったということでいたたまらなくした故郷の村に帰って、楽隠居の生涯をおくった。またゲエテはあれほどの大きな才能の所有者であったが、晩年はフランス革命に対してそれを嘲笑する詩をかいた。
 だが、ゴーリキイはこれらの人
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