も誰か姿のない看視人が人民の集るところには紛れ込んでいた。
「流言蜚語の取締り」は恐ろしく綿密であった。流言蜚語は、事実にないことを流布する一つの場合に当嵌められた言い方である。けれども、当時の日本の流言蜚語はその内容が違っていた。社会に対する正当の批評、希望もそれは取締られる「流言蜚語」の中に入れられた。そうしてうっかり買物のための行列に立っていると、陸軍のトラックがさっと走って来て、そうやって立っている時間があるなら洗濯でもしろと言って、婦人達を陸軍病院に連れて行くという人攫いめいたことも現実に行われた。憲兵の耳と捕縛する手というものは、殆ど人の集まるあらゆる処に張り繞《めぐ》らされた。雑誌という雑誌、本という本、演説という演説、それは総て人民の苦痛を抑えて、この戦争の「聖戦」であること、国民が辛抱すればこの戦争は必ず勝つこと、すべての責任は人民にある、ということを告げ知らせるためにだけ動員されたのであった。学校は、公平な歴史や、世界における日本の地位、科学を教えるところではなくなった。英語その他の外国語は優秀民族としての日本人に取っては必要でないとされて、中学校、女学校の科目から
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