建の社会の中にあって封建のしきたり、道徳観、身分制などというものと、むき出しの人間性、ヒューマニティーというものがどのように葛藤し、※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》き、悲劇的な終結を持たなければならなかったかということを、曲節をつくし、雄弁に物語っている点にある。
当時近松の題材となったような相対死(心中)が非常に現われた。又、いわゆる不義とされた男女関係の悲劇も多く現われた。近松は、この世の義理に苦しみ、社会の制裁に怯える男女の歎きと愛着とを、七五調の極めて情緒的な、感性的な文章で愬《うった》えて、当時のあらゆる人の心を魅した。社会の身分の差別はどうあろうとも、偶然の機会から相寄った一組の男女が、自然のままに自分達の感情を伝え合わずにはいられないということを、一応は肯定するところまで、当時の人間性の本能的な理解が拡がって来ており、しかも、その愛情の貫徹のために、社会の枠を自分達の力で破壊して行く努力、そのような建設的な恋愛というものは、まだ自覚されていなかった。憐れな二人は最後には死ぬことで、この世で実現されなかった互いの結合を全くしようとしているのである。
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