自覚がなくて、自分たちの参政権さえも却って厄介がっている。参政権などよりも、やすい藷の方がよっぽど欲しいといっていると。
けれども、果して、それが今日の現実であろうか。
成程、新聞にあらわれた輿論調査などを見ると若い女性たちは、現在立候補している婦人候補者達に多くのことを期待しないとはっきり断言している。これは、寧ろ当然なことであると思う。少くとも、今日、潔白に、まともに日々を暮している人々は、現実の破局的な困難を痛感している。この歴史的難局を切りぬけるためには、各自の一票に極めて大きい責任がかかっていることを知っている。女のことを一番よく知っているのは女だから、という言葉の綾で生存の課題が解かれないことは、本能的に理解されているのである。女だから女へ、というような政治を思うよりは、幸、今日の日本の女性は現実に醒めているのである。
家庭婦人たちが、参政権よりも藷を、というこころもちのうちに、しずかに入って行ってみれば、そこは決してただの無自覚といいきれない、「政治」への批判が言葉にいいあらわされないで澱んでいるのだと感じられる。これまでの「政治」は、私たち人民の眼にも届かないどこかで、見たこともない一握りの人々によって運営されて来た。その「政治」から今日私たちの現実にもたらされているものはかかる結果である。政治なんかに用はない、と憤りをひそめた家庭婦人の捨台詞《すてぜりふ》こそ、どんなに、これまでの「政治」に私たち全人民が見切りをつけているかということの端的なあらわれであると思う。本当に、私たちにとって、これまでの政治は一つも用がなくなっているのである。
これまでの政治に用はない、と背を向けている二千万の婦人が、では、自分たちの毎日の辛苦から脱け出たいと思っていないというのだろうか。それこそ全く反対である。どんなに主婦たちは、人間が生きるに足るだけの食糧の配給を願っていることだろう。出征して再び還ることのなかった良人をもつ妻たちは、どんなに、自分たちの不安が社会全体の連帯保証によって守られ、自分が安心して助ける場面と、安心して遺児たちを育て終せる条件とを求めているだろう。戦災者・復員者たちは、日を経るにつれて骨肉を噛む生活破壊の苦痛を味っている。
男女の学生は、せめて一日も早く教科書をもって、空腹でなく勉強したいと切望している。
日本じゅうの農村に、様々の形で、自主的な農民の組織が出来て、粒々辛苦の収穫物を、怪しげな官制農業会の手を経ずに、直接消費者に渡そうとしているのは当然である。
工場の労働者が、今日企業家の行っているサボタージュに反して、生産を管理しより多く、よりよく生産して、人民の生活必需品を作り出し、農村の生産必需品を、少しでも多く送ろうとしていることも肯ける。工場の人々がゴム長靴から硫安までを熱心に増産しようとしているこころもちは、私たち市民消費者が、すべての配給機構や町会を自主化させ民主化させていろいろの組合を管理して横流しを防ごうとしている努力と全く結び合ったものである。
家庭の婦人が、一つでも配給をましにしようと思えば、謂わば藷一つも必要なだけ欲しいと思うならば、それはとりも直さず、藷が道理に叶った筋を辿って、村から各自の台所へと運ばれ得る条件を自分たちで作らなければならないということに帰着する。これこそ、私たち人民が、人民の生活の向上のために骨折るに価する政治ではなかろうか。
去る二月十六日午後から、日本にはインフレーション防止非常措置として、モラトリアムがしかれた。瀕死の病人の体温表をみると、脈搏の数は益々多く、高く高くと青線は下から昇りつめるのに、体温は、命数のつきるにしたがって、低く低くと衰えて来て、終に十の字に、ぶっちがえになる。医者は、これを致命的危険のシムボルとするのである。人民の貯蓄は、昨年末から、大干潮のように減少しつづけた。反対に、物価は、上へ、上へと、のぼりつめて、二本の線を、もすこしのばせば、其は完全な十の字となってぶっちがうところ迄来た。モラトリアムをしくしか、政府のうつべき手はなかったのである。
けれども、モラトリアムの噂がひろがり、それが実現したニュースをきいたとき、私たちのこころには、数々の疑問が生じた。
モラトリアムをしかなければならなくなる迄に、政府は、どんなことをして来たか。疑問というのはこのことなのである。
さきにふれたように、政府はインフレーション防止という名目で、戦時利得税、財産税を公表したりした。しかし実行に着手しないで、時を過して来た。この間に、財閥、金もちたちは、十分脱税の方法と、財産隠匿をする時間を与えられた。事実、この税案が公表されてから後、それらの人々の濫費のために、目に見えて物価は高くなり、インフレーションは増大したのであった。
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