とを思い返せば、私たちは、深くこの事実をうなずくであろうと思う。例えば、明治三十三年に出来た治安警察法第五条を撤廃させようとして、どれほど歴代の婦人解放運動家たちは努力して来たことだろう。せめて婦人が政治演説なりともきかれるように、と、何度、この悪法撤廃の請願が議会に提出されただろう。しかし、それは決して実現しなかった。婦人解放運動家に対して、同性である婦人たちが、一種軽蔑と懐疑の眼を向けるほど、それらの人々の努力は無視されたのであった。ところが、歴史は推移して、昨一九四五年十月、日本の支配者たちは、人民に対する敗北の一つの大きいしるしとして、治安維持法を撤廃せざるを得なくなった。世界に類のないこの自由圧迫の根本的な悪法が撤廃された時、婦人に対して政治的自由を束縛して来た治安警察法の運命はどうなったであろう。
ここに極めて意義深い教訓があると思う。くりかえし味うべき実例があると思う。
ポツダム宣言を受諾しても、日本の現支配者たちは、決して正直に日本を民主化しようとはしていない。民主化した日本で、これまで自分たちがたのしんで来た特権を失うことを厭っている。この人々にとって、愛すべきものは日本でもなければ、日本の人民でもない。自身の安逸だけである。その事実を日夜目撃し、私たちの日々をその犠牲としていることはすべての人民にとってもはや忍び難い苦痛である。
日本を民主化し平和の建設を一刻も早く成就させ、日本の人民は己れの祖国を復活させる丈の力量と理性とをもつものであることを世界に示すことは、私たちの強い念願であると思う。
今日、民主日本の甦りのために、あらゆる人々が、民主戦線に結集して、封建性と反動性とを排除するために闘うということは、真心からなる一個の救国運動である。一党派の問題でもなければ、ましてや、時節柄という形容詞をつけられるような種類のことではない。
政府が無能であるとき、破局を救う何の実力ももたないとき、私たち人民は自らを救わなければならない。自らを救うことによって、愛する祖国を、人民のものとして生きかえらせなければならないのである。
こういう重大な意味をもつ日本の民主戦線の動きに対して、自由党が参加せず、と明言したことは私たちの鋭い批判を呼び醒したと思う。進歩党、自由党、日本社会党の一部の人はいずれも天皇制護持ということを唯一の旗じるしとしている。何故に、此等の人々の主張とその主張の固執とがあるのであろう。もし真に日本を愛するのがその論拠であるならば、愛する日本のあらゆる必要に応えて、誠心誠意動くことこそ本来の道ではなかろうか。現実はこのように切実に、社会生活全般に亙る人民管理の必然に迫られている。それだのに、何故、この人々にとって人民戦線はいらない、邪魔なことなのであろう。この人々の利益は、保守と封建と独占された富とを否定する民主化された日本の火にはならない。彼等の護持する本体は、自身の特権である。これに反して、私たち日本の七千万男女人民の生存の保証は、民主日本のより合理的な社会建設のうちにしか見出されないのである。
フランスの婦人達は、今度初めて参政権を得た。そして三十二名の婦人代議士を選出した。その代議士の大部分が、この度の大戦による未亡人であるということは、婦人と政治の問題について、深く考えさせるところがあると思う。喪服を着て立ったフランスの婦人代議士たちは、その胸の中にどんな希いを持っているのだろう。彼女たちの希望はよくわかる。地球上のあらゆる女性の真情と、沈着公正な精神を持つあらゆる雄々しい男性の希望とをこめて、二度と戦争なき世界を創ろうとする熱意に充ちているのである。第一次大戦、第二次大戦を凌いで来た、フランスの女性たちは婦人として最大の苦痛の中から起ち上って、自分達の新しいフランス人民の光栄のために平和のにない手として働こうとしている。その姿には感動させるものがある。
地球を血みどろにした第二次世界大戦が終ったとき、ローマ法王が、世界に向ってラジオ放送をした。彼は、全世界の婦人によびかけた。世界の婦人達よ、一人残らず起って政治運動をしなければならない。再びあなた方の家庭、夫と兄弟と息子達とを奪って、殺す戦争が絶対にない社会をつくるために、婦人達よ政治運動を起さなければならない、と。このことは私達の真心にも触れる言葉である。
日本に新らしく参政権を得た二千余万の婦人のうち、何十万人が、良人を失った妻であるだろう。その何万人が、息子を失った母であり、兄と弟とを失った女性であろうか。父を失ったあらゆる子供たちの将来の安寧と幸福を築き守るものは、共通の涙と奮起する心とを知り合っている婦人たちの実行ばかりである。
婦人参政権の問題がおこってより、お互によくこういう批評をきいた。日本の婦人は、実に
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