の諸官省の据置月給のひどさから見れば、一応適正な処置である。しかし家計簿と最低賃金四百五十円也というものを睨み合せて見ると、不思議なことが起る。国鉄の非常識な値上、公定価格の全般的吊上げ(タバコをも含む)が発表されている。今日、疎開している人口は、どのくらいあるか、疎開した学生の数は何人あるだろうか。疎開した勤人、疎開している学生は、都会の住居難から、たいていは遠距離を通勤、通学している。その人達の交通費は、この度の国鉄の値上によって、非常な打撃を蒙る。或る家庭は距離の関係から通学している息子のために一年に千円の交通費を予算しなければならないということになった。一家から主人と息子が遠距離通勤、通学していると仮定すれば、それだけでも最低賃銀四百五十円はどんなに脅威を感じるだろう。
更に瞳を転じて先程の戦時利得税、財産税ということをかえり見ると、これらの支払わなければならない税金は、やはり外見上、ましになったような四百五十円也の上にかかって来ている。そう考えると実質は果していくらの引上になるのだろうか。この計算は非常に難かしい。小倉金之助博士もこの関係の微妙さは、簡単な数字で現わせない、と言うであろう。
男子が四百五十円、女子は百五十円、この差別がまたまた尤もと思われない。男と同じに仕事に熟練し、永年勤務している婦人の能力は、現実に三分の一の価値しかないものであろうか。労働組合法は、同一労働に対して同一賃銀ということを、男女勤労者共通の立場に立って主張している。政府はその法案を通過させている。しかも現実には、女子最低百五十円也と示している。土地の有償自作創立案を政府が発表するや否や、日本中の大地主たちは、忽ち親族間に土地を分割しはじめた。そして小地主の土地をとり上げはじめた。
そもそも婦人参政権を認めたにしても、極めて形式的で誠意のないことにおどろかされる。婦人に参政権は認めても、民法、刑法上の婦人の差別待遇を変える意志はないと明言されていることも変妙であるが、日本の婦人が、公民権をもたないで、いきなり参政権を得ている事実には大いに注目しなければならない。公民権は、市、町、村等自治体の運営に参加する権利である。婦人が、公民権をもっていないということは、多勢の積極的な婦人が、自分たちの住む市、自分たちの暮している町や村で、直接身ぢかなところより政治の自主化、民主化に着手してゆくことを不可能とすることである。一握りの婦人代議士が、議会の中でどのようなよい計画を提案したところで、其を実現する上から下までの行政機構がこれまで通り、封建性と官僚気質でかためられているとしたら、どれほどの実益をもたらすことが出来るだろう。或る意味よりいえば、我々の生活に直接つながっている種々の行政機構の民主化こそ、生活改善のためには重要である。真面目で善意あるどっさりの婦人たちが、こまごまとした行政機構に参加して、日頃の要求を実現することこそ重要である。公民権についての政府の沈黙は政策の上の矛盾というよりも寧ろ偽瞞に近いと考えられても弁解の余地はなかろうと思う。
幣原内閣の無策と不誠意とは、既に人民のあらゆる層より批判されている。財閥解体という身ぶりをしても真実にはあらゆる方法をつくして大財閥の利益を守るために熱中している幣原内閣を信頼している者はいないのである。このように、すべての課題をときかねて今にも政権の橋よりすべり落ちそうに見える現政府が、あれやこれやと身をかわしながら、今日なお権力を保っているのは、どういう仕組みなのであろうか。この答は、簡単である。日本社会機構の内部にはまだまだおびただしい反動の勢力が、千変万化して生きながらえているからである。
幸福は誰の手によって
さて総選挙は来る四月十日と公表された。有権者総数は三九、〇八〇、九九〇人である。今年はじめて登場した婦人有権者は二〇、九一七、五九三名であり、その残りの一八、一六三、三九七名が男子有権者である。これをみると婦人有権者の数は一割以上多い。私達婦人の一票が、明るい民主日本の将来のために、人民全体のよろこびのために、どれだけ大事な意味をもっているかということを、私たちは真心をもって理解しなければならないと思う。
日本の婦人の生活の有様は、どうであったろう。そして、今日、どうであろう。それは、くわしすぎるほど、これまでに触れて来たとおりである。民主の社会では、婦人だけの問題、婦人だけで処理しなければならない問題というものを持たない。社会を作っている半分の人々の悲しみ、困難は、はっきりその社会全体の幸福と不幸とにかかわることとして、男女共通の問題として解決されようとするのである。
半ば封建的であったこれまでの日本で、いわゆる婦人問題が、どう扱われて来たかというこ
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