う事実、利害の打算より来ている。資本家、地主を一身にかねて登場して来たのであった。それとともに、工業はおくれていて、資本主義国家となるためには、辛うじて、繊維軽工業にたよるしかなかった。天然資源にも乏しい。明治政府の本質というものは封建的な地主と軽工業に基礎を置いた非常に薄弱な資本家とによって組立てられていたものであって、この薄弱な基礎を護って権力を強化して行こうとするために、大名と武士から成る支配者たちは、誕生第一日から侵略的な意図を持った。西郷隆盛の政治的破局の原因となった征韓論は、その一つのはっきりした現われであった。
 維新当時、それらの基礎薄弱な資本と地主の支配者たちが、外交関係において、一つの新しい権威を賦与するために、何かの形で主権者を必要とした。その主権者として、封建時代の数百年小大名より僅かな扶持を幕府から支給されて生活して来た京都の天皇一家を招待して来た。明治支配者の利害を共にするために天皇の一家も大地主となり、大財閥に勝るとも劣らない大資本家となった。所有土地百三十五万町歩、有価証券現金三億三千六百万円以上、そして一致した利害に立って、新しい日本の支配権を握るようになったのであった。
 極めて特徴的な明治維新のこういう性格は、初期の動乱時代を過ぎるにつれて、支配方針の確立を求めるに当って、保守的な性質を帯びることは当然であった。自由民権の思想は一八八九年(明治二十二年)憲法が発布されると同時に弾圧を被って、自由党は解散した。憲法発布の翌年、大井幸子という婦人が自由党に加盟しようとした時、それは警察によって禁止された。「集会政社法」というものが出来て、婦人が政治演説を傍聴することを禁じた。
 ここで私共は、一つの驚きを以て顧みる。日本の憲法というものは、何と外国の憲法と性質の異ったものであるかということである。憲法というものは、何処の国でも、支配者の大権と共に人民の権利をも規定したものであり、民主主義の発達した国であればある程、人民の権利に対する規定は全面的で詳細を極めている。男女にかかわらず人民が、その国の社会に幸福に生きるために必要な諸権利と義務については、人民として自主的に積極的に明確にしている。けれども明治二十二年に出来て最近まで伝えられた日本の欽定憲法は人民によって作成され、決定されたものではなかった。支配権力が自身の権力の擁護のためにつくった傾きがつよいから、人民の諸問題よりも大権を絶対のものとして明記してあることに注意が集注されている。人民の諸権利についての具体的条項は、漠然としてしか扱われていない。ましてや、この特異な日本憲法において、全人口の半ばを占める女子の社会的地位を、男女平等の人民として規定しているような条項は、一つもないのである。それは、明治というものの本質から結果された。先に触れたように、明治の支配者が社会に対して抱いた観念は、何処までも彼等の利害を主眼とした富国強兵を主題としていた。農民と土地との関係が、昔ながらの地主と小作の形のまま伝えられたと同じように、「家」というものと婦人との関係、男子に従属するものとしての女子の関係は、殆ど近代化されず封建的のまま踏襲した。
 この深刻な日本婦人の運命に重大な関係をもった明治の特徴は、一八九九年(明治三十二年)女学校令というものが発布された、その内容に、まざまざと反映されている。
 明治の開化期の先進部分の人々には女も男と等しく智慧を明るく、弁説も爽かに、肉体も強く、一人の社会人として美しくたのもしく育ち上らなければならないという颯爽たる理想が抱かれていた。けれども、女学校令の中では、その悠々としてつよい展望は惨めに萎縮させられた。文部省は、女子の社会的存在意味を男のための内助者としての範囲に止めて、教育制度も限定した。それらの保守的な人々は考えた。家庭を円満に治めるためにも、男子の手足まといになりすぎる程物の道理が判らなくても困るが、余りはっきりしすぎて男が煙たいほどでも亦困る、と。その基準で、いわゆる家事科目を中心とした、女子教育の基準が決定されたのであった。これが今日まで女子教育方針の根柢をなしている。そのために外形上、女子大学、専門学校等が出来、何人かの婦人弁護士と、より多数の女医、沢山の女教師が出ている今日でも、その人々の専門家としての力量、社会人としての智力能力は遺憾ながら、大体同じ専門教育を受けた男子と等しくないという悲しい結果を齎しているのである。
 一九〇〇年(明治三十三年)には治安警察法第五条が制定されて女子の政治運動を禁止した。一九〇三年(明治三十六年)堺利彦等によって平民新聞が発刊されたとき、この治安警察法第五条を撤廃させようとして、堺ため子が議会に請願書を出した。第一次大戦終了後の大正年代に、新婦人協会など同じ
前へ 次へ
全28ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング