誕生を以て近代世界の中に歩み出そうとする激しい希望を以て始められた。明治の初期における社会の革新的な動き方は、日本の歴史に未曾有のものであった。当時の進歩的な人々が、腐れ果てた封建の殼から脱け出して、新しい日本人として発展しようとした欲望には、真実が籠っていた。例えば今日常に保守的或は反動的な役割を持っている文部省でさえも創設されたばかりには、本当に日本の人民の間に文字を普及させ、常識を広め、輿論の担い手となり得る人民の文化を導き出そうという熱心な意図をもっていて、先ず『言海』という字引を出したりした。文部大臣であった森有礼は、一人の進歩主義者、或は合理主義者であった。彼は伊勢の神宮へ行って、伝統的な迷信の中心である伊勢の神宮に、真に尊敬すべき何の実体も蔵されていないことを証明するために、御簾をステッキの先で上げて天罰というものの存在しないことを証明した。彼は進歩性の故に暗殺されなければならなかった。なぜならば、当時の日本の支配権力は憲法発布と同時に、はっきりと反動的な政権として国家を統一する方向に向ったからである。
憲法発布以前、封建の重荷を脱して新しい日本の社会を作ろうとする気運が純粋に高まっていた時代、その先頭に立ったのは板垣退助を首領として自由民権を唱え、一八八一年(明治十四年)に結成された自由党の人々であった。自由民権というとき、当時の日本人は必ず男女平等を考えた。政治上における男女平等の権利及び義務の観念に立った自由民権時代の政治運動は、たくさんの婦人政治家を、その活動に吸収した。例えば有名な中島湘煙(岸田俊子)、福田英子などという当時二十歳前後であった婦人政治家たちが、男女平等を唱えて日本全国を遊説した。大阪などでは少女が、政壇演説に出席したという話さえも伝っている。岡山には女子親睦会という政治結社が出来てあったし、仙台には女子自由党というのが組織されていた。その指導者は成田梅子という人であった。
これと略《ほぼ》同じ時代、一方に婦人の政治活動が盛んであったと共に、女子教育もアメリカの宣教師たちの指導によって、やはり男女平等を水準として開始された。京都の同志社、東京の明治女学校そのほか仙台、横浜、などに、進んだ女学校が開設された。それらの女学校では全く男の学生と同じに直接英語の教科書を使って、英語、数学、地理、歴史、などの勉強をした。後に津田英学塾を設立した津田梅子が、六つの歳に岩倉具視の一行とアメリカへ留学(明治四年)したり上流婦人でも男に劣らない一般教育の基礎を持つ時代があった。今日、明治の先覚的な婦人として我々に伝えられているキリスト教関係の多くの活動的な婦人は、殆ど皆この前後、いわゆる明治の開化期に、進歩的な教育を受けた人々なのであった。若し日本が、そのようにして歩み出した男女平等の道を、正直に今日まで歩み続けることが出来たならば、日本における婦人の諸問題は、どんなに変った現われをもって、今日の私たちの前にあっただろう。もし、その道が可能であったのなら日本人民全体が決して今日の困難を見ないで、民主化されていたに相違ない。
日本の明治維新というものはその革命としての歴史的な性格の中に極めて強く、大きい割合で過去の封建的なものをそのままで持ちこした。一応は、封建より近代生産経済にうつるブルジョア革命のようであったが、その最も根柢をなす農業と土地の問題、生産経済の基礎などは、封建時代の制度のままその上へ近代国家としての日本が、おかぐらの二階建として据えられた。例えば土地の問題を見る。日本は封建時代より大地主たる大名があって、その土地は、それぞれの小さい区分に分けられて、名主が管理して、領主に毎年年貢を現物で納めた。つまり米、麦、その他直接生産物で納めた。明治になって廃藩置県が行われた。名主はなくなって村長となり、藩はなくなって県郡となった。けれども、それぞれの土地に居ついて来た農民は、どういう関係で日本の新しい経済機構に結ばれたかといえば、大部分はやはり昔ながらの小作百姓で、耕作の方法も、年貢を現物で払うということも、一家族がすべての労力を狭く小さい土地に注ぎ込む過小農業であるということも、ちっとも変りなかった。年貢の率が、地主と農民と六分四分という点も。土地問題は、今日まで、その封建的のままに来ていて、益々日本の進歩を阻む困難と紛糾の種となっている。生産増強のための大きな桎梏となっているのである。大体、明治維新そのものが、崩壊する武士階級の下級者と幕府より目の届きかねる遠い薩長で経済力を膨脹させて来た大名たちとが、利害を一にして、近代資本家貴族に転身しようとした動きであった。土地問題の近代にふさわしい処理の出来なかったのは、とりも直さず日本の新しい資本主義経済の支配者たちが、同時に封建地主でもあったとい
前へ
次へ
全28ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング