く社会化されていない。家事の運営のために婦人が費す労力は世界最大のものである。その条件が改善されないままに、婦人は軍需生産へ動員されたのであるから、働いている女性の生活は、輪に輪をかけて負担が多くなった。例えば、子供を持っている勤労女性の最大の苦しみは、子供をほったらかしたまま一日中母親であるものが外に働いていなければならないという事情である。そういう婦人を働かせるために、かねてから託児所や保育所の設備を持っていた工場は実に少い。急に女子労務者が激増しても、その条件にふさわしい便所、食堂、更衣室その他の設備を整えることについて、政府はちっとも工場主を監督し激励するところがなかった。彼等の利潤追求におもねるばかりであった。
食糧は規格統制に従って配給されるようになった。しかし、その配給にしろ、昼間職場に働く主婦にとっては、いつもいつも気掛りな問題であったし、隣組の人達に気兼をしなければならない苦しい事情に立たされた。私たちがよく知っているとおり配給は決して朝早くや夜遅くは行われない。いつも昼前後、又は夕方、働いている人達が家を明けている時間か、さもなければせき立った心持で恐ろしく混み合う電車に乗っているような時間、その時にいろいろな配給がある。親切な隣組を持っている人達はよほど仕合せであった。さもないところでは、働いている女の人達の食糧問題は、いつも不利な立場におかれる有様であった。
労働時間についてみても、婦人労務者は、ひどい無理を押しとおした。何しろ戦局切迫ということを旗印として努力させられたから、決して八時間七時間というような労働時間では済まなかったし、婦人の肉体にとって極めて有害ないろいろの化学薬品などを取扱う爆弾、弾丸、ガス製作の職場でも、婦人の労働は長い時間強要された。
怪物的な軍事費と、軍需成金とは、当然通過の膨脹を招いた。インフレーションが進むにつれて、目の前の賃銀は非常に高くなって、十七八の少年でも数百円の収入があるようになった。それにも拘らず、女子の方は、ずっと最高が大体男子の三分の二という差別があって、その差率は変化させられなかった。
これらの間に、その強制と内容の愚劣さとで私共には忘れられない防空演習が盛んに行われた。出征軍人の見送り、出迎え、傷病兵慰問、官製婦人団体が組織する細々とした労働奉仕――例えば米の配給所の仕事を手伝うために、
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