。それから何度この食糧店へも来たか数しれないわけだが、思えば、こういう平凡そうな日々の営みの中から今日までに自分が獲て来ているものを考えると、朝子は新しい感動を覚えた。今帰国をひかえて自分たちが当面している問題にしろ、それに対する自分たち二人の心理のそれぞれのちがいにしろ、心づかない間につみ重ねられて来ているその原因をつきつめてみれば、朝子にはやっぱりこの食料店《コンムナール》の北国風の匂いも切りはなせないものとして考えられるのであった。
 素子は専門のこの国の文学研究のために来た。小説をかく朝子は、アンナ・カレーニナなどという小説でごく身近に感じられている色彩の多い古い国、しかもそれが見ず知らずの新しいものになりかかっているという国、遠いところからの賞讚と誹謗とで渦巻いた中に遙に見える国の生活に好奇心を抱いて来た。素子も朝子も初めのうちは、同じように、それぞれの程度で語学の勉強をはじめたりしたが、暫くすると、一部屋住居の彼女たちの暮しに、同じ時刻の別な暮しかたが始った。素子のところへ教師が来ると彼女は朝子にその部屋を出るように云った。廊下にいることはできにくかったから、朝子はその都の
前へ 次へ
全34ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング