もって、朝子はすっかり自分自身の心の裡にとじこもってしまった。一緒に食事をしているようなとき、それから素子が誰かと話していて不図視線が合ったようなとき、朝子の二つの眼のなかには自分に沈潜しきって自分に向って何か問いただそうとしている真摯な集注した表情があらわれていることに、素子は屡々《しばしば》心付いた。そして、その眼つきの裡には素子もないし、朝子に止まることをすすめているひとのかげも入りこんでいない。そのこともまた感じられるのであった。
 朝子がふらりと行先も云わず部屋を出て行って、何時間も帰って来ないようなことがはじまった。帰って来ると、寒い戸外の匂いを髪や外套につけて来た。
 二人の感情は微妙に変化して、素子の眼が時々率直に心配をこめて、相変らず出るにも入るにも水色ジャンパーを着て思い沈んでいる朝子の姿に注がれることがあった。朝子には心がどこかへかたまっている人間の上の空のおとなしさ、優しさがあって、素子は本当に言葉通りの気遣いで云った。
「ふらふら歩いてバスに轢かれたりしちゃいやだよ」
「だいじょうぶよ」
 朝子は笑って答えるが、その笑顔は何か帰って来るまで素子の眼の底にのこる
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