前ひろがりにおさえて行く人達は、同じ南方から都にのぼって来ていても、きりっとした長靴、腰のところで粋に短く裾のひろがった上衣に短剣を飾った高架索《コーカサス》の連中とは、言葉も習慣もちがっているのであった。ジョン・リードのようにアメリカから来て、この国の歴史の一頁のうちに生涯を托して城壁の中に墓をもっている男もいる。中国の娘たちの濃い黒髪の切り口は、縞の鳥打帽から肩の上へまであふれて揺れ動いている。
 この頃朝子たちのホテルには、ドイツから来た一団の労働者が泊るようになった。新しく時計工場が出来て、そこへ機械とともにやって来た人たちであった。男ばかりの一団であった。夜になると、彼等が声を合わせて自分の国の言葉で、この国の若者たちが好んで歌う歌をうたっているのが、朝子たちの部屋まできこえて来た。そして、その歌の節は、朝子たちもやっぱり自分たちの言葉で歌をつくることの出来るものであった。ハンスというケルン生れの機械工の一人はいつか素子と知り合いになって、部屋へも遊びに来た。街角の大きい銀行だの役所の屋根の破風には、その経営の中で機構の清掃が行われていることを市民に告げるプラカードが目立ち始
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